今もなお続いている「令和の米騒動」は、2024年夏から秋にかけて日本各地のスーパーの棚からコメが消え、消費者がそのコメを求めて奔走する事をきっかけに始まりました。この騒動は供給と需要のバランスが崩れたことに起因している事に他なりません。
始まりは、2022年から続く米の供給不足と、2023年の猛暑による品質低下の影響が発端となっており、特に人気のあるコシヒカリの等級米比率が著しく低下したことにあります。
また、時を同じくして始まった物価高による消費者心理の変化により、コメの消費が急増しました。そして、追い打ちをかけるように、南海トラフ巨大地震の臨時情報や大型台風の影響も重なり、消費者の買い急ぎに拍車きかける事態へと発展しました。これにより、スーパーの店舗からコメが品切れになるという社会現象を引き起こしたのです。
翌年の2025年もコメの供給状況が依然として不安定な状況が続いております。今後、作付面積の増加が予想されているものの、需給バランスの変動や異常気象の影響も考慮されており、依然として予測は困難な状況にあります。
そうした中、政府の動きとして、小泉進次郎農水相がコメ不足に対処するため、備蓄米の放出を進め、2025年6月には新たに20万トンの備蓄米を放出する方針を発表しました。これは、7月の参議院議員選挙と言う背景もあり、コメの価格高騰を抑えることによる支持率アップの狙いも含まれています。
しかし、備蓄米の流通は遅れており、実際に店頭に並ぶ量は限られています。政府が放出した備蓄米のうち、4月中旬の時点で卸売りに引き渡されたのは約2万トンにとどまり、消費者の手に届くまでには時間がかかっています。小泉農水相は、これまでの見立てを誤ったことを認め、今後は的確でスピード感のある対応が求められると述べています。
また、政府はコメの生産調整政策を見直す必要があるとの声も上がっており、農水相は減反政策をやめるべきだという意見に耳を傾けています。これらの対応は、コメ不足の解消と価格安定を目指す重要なステップとされています。
そこで今回は、「令和の米騒動はなぜ起こったのか?」をテーマに日本の政治と経済について少し考えたいと思います。
米騒動の主たる原因

冒頭でもお話ししたとおり、「令和の米騒動」は、近年の米価格の急騰とそれに伴う社会的な混乱の事を指してます。この騒動の背景には、下記のような複数の要因が絡み合って起こりました。
供給力の低下
➢ 気候変動の深刻な影響
2023年は観測史上最も暑い年となり、この異常な高温が米生産に致命的な打撃を与えました。
品質の劣化 | 日本で最も多く栽培されている「コシヒカリ」は暑さに弱い品種で、猛暑により「胴割れ粒」や「乳白粒」が大量発生 |
1等米比率の大幅低下 | 2023年産の1等米比率は過去10年余りで最低の59.6%まで低下 |
精米歩留まりの悪化 | 品質不良により精米時に除去される米が増加し、実際の供給量が大幅に減少 |
ニッセイ基礎研究所によると、特に東日本を中心に米どころの新潟県や秋田県で作況指数が平年を下回りました。
長期的な構造問題
➢ 半世紀続いた減反政策の後遺症
供給体制の脆弱化 | 1971年から2017年まで続いた減反政策により、水田面積と生産量が長期的に縮小 |
政策の実質的継続 | 2018年に正式廃止されたものの、政府の「適正生産量」指標と転作補助により実質的な生産調整が継続 |
急激な需要変動への対応力不足 | 長年の供給管理により、市場の急変に対応できない硬直的な生産構造 |
➢農業従事者の高齢化と労働力不足
小規模経営の課題 | 2ha未満の小規模経営体が全体の約3割を占める |
生産コストの高騰 | 1ha未満の農家では5ha農家の約2倍の単位面積あたり生産コストがかかる状況 |
後継者不足 | 耕地面積が小さいほど65歳以上の経営者比率が高く、持続的生産体制の確保が困難 |
需要構造の変化
➢ インバウンド需要の急激な回復
訪日外国人数の急増 | 2024年6月の訪日外国人数は310万人(2019年比+8.9%)で単月過去最高を記録 |
和食消費の拡大 | 観光庁データでは訪日外国人の飲食費が2019年比170%増 |
外食産業の需要回復 | コロナ禍からの回復により外食での米需要が急激に増加 |
ただし、専門家の分析では、インバウンドによる米消費増加は全体需要の約0.5%程度と推計されており、直接的影響は限定的とする見方もあります。
➢ 家庭内消費の増加
コロナ禍収束に伴い、家庭での米消費が増加し、長期的な需要減少トレンドに一時的な変化が生じました。
在庫管理と政策対応の問題
➢ 民間在庫の大幅減少
在庫量の逼迫 | 2022年以降民間在庫量が継続的に減少 |
流通構造の問題 | 多層的なサプライチェーン(農家→集荷業者→卸売業者→小売業者)により、流通過程での滞留が発生 |
➢ 政府備蓄米放出の遅れ
初期対応の遅れ | 価格維持を優先し、需給安定への対応が後手に回る |
放出タイミングの問題 | 新米収穫期との調整により適切なタイミングでの放出が困難 |
随意契約の導入 | 2025年5月に競争入札から随意契約方式に変更し、楽天やイオンなどが5キロ2,138円で販売 |
心理的要因と買い占め行動
➢ 不安心理の拡大
南海トラフ臨時情報 | 冒頭でもお話ししたように、2024年8月の政府発表により備蓄需要が急増 |
報道による不安拡大 | 米不足報道により「足りなくなる前に買っておこう」という心理が働く |
購入制限の実施 | スーパーでの1人1袋制限により、さらに不安感が増大 |
国際的要因
➢ 世界的な食料価格高騰
ウクライナ危機の影響 | 2022年2月以降の国際穀物価格上昇 |
他の主食価格上昇 | 小麦価格高騰によりパンや麺類が値上がりし、米への需要がシフト |
➢ 輸入規制の制約
日本は米輸入に341円/kg(約200%)の高関税を課し、年77万トンの無関税輸入枠以外は事実上輸入を制限。韓国からの緊急輸入も1999年以来初めてながらわずか2トンと限定的でした。
まとめ
➢ 複合的要因による構造的危機
令和の米騒動は、単一の要因によるものではなく、以下の要因が複雑に絡み合った結果です。
短期的要因 | 2023年の記録的猛暑、インバウンド需要回復、備蓄米放出の遅れ |
構造的要因 | 長期の減反政策、農業の高齢化、硬直的な流通システム |
政策的要因 | 生産調整政策の継続、高い輸入障壁、機動的な在庫放出体制の不備 |
心理的要因 | 報道による不安拡大、買い占め行動の連鎖 |
この騒動は、日本の食料安全保障の脆弱性を浮き彫りにし、気候変動への適応、農業構造改革、柔軟な政策運営の必要性を示す重要な教訓となっています。
米不足の最大の要因

米不足の最大の要因について、以下のようにまとめることができます。
減反政策の影響
減反政策は、米の生産量を意図的に減少させる政策であり、これが米不足の根本的な原因の一つとされています。この政策は、米の価格を安定させるために実施されており、農家が他の作物に転作することを奨励しています。結果として、米の生産面積が減少し、供給が制限されることになっています。
気候変動と異常気象
気候変動による異常気象も米不足に寄与しています。特に、2023年には猛暑や大雨が発生し、これが米の生産に悪影響を及ぼしました。作況指数は平年並みであったものの、特定の地域では収穫量が減少し、品質の高い米が不足する事態が発生しました。
消費の急増
消費者の米に対する需要が急増していることも米不足の要因です。特に、インバウンド需要や家庭での米消費の増加が影響しています。訪日外国人の増加に伴い、外食や家庭での米消費が増え、これが供給を圧迫しています。
供給チェーンの問題
流通のボトルネックや供給チェーンの問題も米不足を助長しています。米の在庫はあるものの、流通がスムーズに行われず、消費者の手元に届かない状況が続いています。
これらの要因が複合的に作用し、米不足を引き起こしています。特に、減反政策による生産制限と気候変動の影響が、今後の米供給において重要な課題となるでしょう。
日本の減反政策の歴史と背景

日本の減反政策の歴史と背景について、以下のようにまとめることができます。
減反政策の概要
減反政策とは、政府が農家に対して水田の一部を休耕させることを指示し、米の過剰生産を抑制することで価格を維持する政策です。この政策は、米の需給バランスを調整し、農家の経営安定を図ることを目的としています。
歴史的背景
1.減反政策導入の経緯
減反政策は1969年に導入されました。当時、日本は戦後の食糧不足を克服し、経済成長に伴い食生活が多様化する中で、米の消費量が減少し始めました。このため、米の供給過剰が問題となり、需給バランスを調整する必要が生じました。
2.減反政策の目的
減反政策の主な目的は、米の過剰生産を抑制し、価格の安定を図ることでした。農家には、休耕や転作を行うことで補償金が支払われ、米の生産量を意図的に減らすよう促されました。
3.長期的な影響
減反政策は、米の生産量を調整することで一定の効果を上げてきましたが、長期的には米離れが進行し、農業人口の減少を招く一因ともなりました。また、米生産の根本的な需要低迷への対応策としては不十分であり、持続可能性が課題とされています。
政策の変遷と廃止
1.政策の変化
減反政策は、1995年に食糧管理法が廃止された後も続きましたが、2018年には約50年の歴史を経て廃止されました。廃止後は、農家が自主的に生産量を決定できるようになりましたが、依然として需給調整のための指導が行われています。
2.現在の状況
減反政策の廃止により、各地で米の過剰生産が見られるようになり、米余りの状態が発生しています。これに対処するため、農家は他の作物への転作や生産量の調整を模索しています。
批判と課題
減反政策には、持続性や効率性に対する批判が根強く、補助金に依存した政策では根本的な生産構造の改善には繋がらないとの指摘があります。また、農業経営の多様性や持続可能性を損ねるという意見もあり、政策の見直しが求められています。
このように、日本の減反政策は、歴史的な背景とともに、農業政策の重要な一環として位置づけられていますが、今後の持続可能な農業のためには新たなアプローチが必要とされています。
減反政策の廃止後もなぜ減反が続いたのか?

減反政策の廃止後も実質的に減反が続いている理由は、以下のような複数の要因が絡み合っています。
生産目標の継続
2018年に減反政策が名目上廃止されたものの、政府は依然として各都道府県に対して「適正生産量」の指標を示しています。この指標に基づき、各地域の農協が農家に生産の目安を提供し、実質的には生産調整が行われています。これにより、農家は自主的に生産量を決定できるようになったものの、実際には政府の指導に従わざるを得ない状況が続いています。
転作の奨励
政府は飼料用米や麦、大豆などへの転作を奨励するための補助金を提供しています。このため、農家は米の生産を減少させる方向に誘導されており、結果として減反政策の影響が残っています。
農業の構造的問題
長年の減反政策により、農業の自由度が制限され、農家の競争力が低下しました。農業人口の減少や高齢化が進行し、農業の担い手が不足しているため、米の生産体制が脆弱化しています。このような背景から、農家は新たな生産体制を構築することが難しく、過去の政策の影響が色濃く残っています。
市場の不安定性
米の需給バランスが長年にわたり調整されてきたため、急激な需給変動に対して脆弱な体制が形成されています。これにより、米の生産量を急激に増やすことが難しく、過去の減反政策の影響が現在の市場にも影響を与えています。
これらの要因が重なり合い、減反政策の廃止後も実質的な減反が続いている状況が生まれています。農業政策の見直しや、農家の生産意欲を高めるための支援が求められています。
「令和の米騒動」における気候変動による影響

「令和の米騒動」におけるもう一つの要因である気候変動による影響は、主に以下のような点で具体的に現れています。
異常気象の影響
2023年には記録的な猛暑が発生し、これが米の生産に深刻な影響を与えました。特に、米の収穫期に高温が続いたことで、品質が低下し、収穫量が減少しました。具体的には、コシヒカリなどの主要品種が高温に弱いため、品質の劣化が顕著でした。
品質の低下
高温が続くと、米の粒が白く濁る「白未熟粒」が増加し、精米時の歩留まりが悪化します。2023年の猛暑では、特に東日本で1等級米の収穫割合が大幅に減少し、農家の収入にも影響を及ぼしました。
生産量の不安定化
気候変動による異常気象は、米の生産量を不安定にし、農業環境を破壊する要因となっています。特に、台風や豪雨の影響で農作物が甚大な被害を受けることが多く、これが米不足を助長しています。
農業従事者の高齢化と労働力不足
気候変動の影響を受ける中で、農業従事者の高齢化も問題です。農家の平均年齢が上昇し、後継者不足が進む中で、安定した米の生産が難しくなっています。これにより、気候変動の影響を受けやすい農業体制がさらに脆弱化しています。
政策の矛盾
長年の減反政策が続いた結果、米の生産体制が脆弱化し、気候変動への適応が難しくなっています。政策の整合性が欠如しているため、持続可能な農業の実現が困難になっています。
これらの要因が複合的に作用し、「令和の米騒動」を引き起こしています。気候変動への適応策や農業政策の見直しが急務とされています。
日本のコメ生産量の推移

日本の米の生産量は、近年の統計によると以下のように推移しています。
生産量の推移

2020年 : 約7.77百万トン
2021年 : 約7.76百万トン
2022年 : 約7.56百万トン
2023年 : 約7.34百万トン
2024年 : 約6.83百万トン(予測)
2024年の米の生産量は、需要を上回る見込みであり、過去の供給不足を解消する方向に向かっていますが、長期的には米の消費量が減少傾向にあるため、今後の生産調整が重要です。
要因と影響
日本の米の消費量は、食生活の多様化や人口減少により減少しており、これが生産量にも影響を与えています。2023年には、猛暑の影響で収穫量が減少し、品質にも問題が生じましたが、2024年には回復が期待されています。
このように、日本の米の生産量は様々な要因によって変動しており、今後の農業政策や市場の動向が重要なポイントとなります。
最後に

令和の米騒動は、2024年から2025年にかけて日本で発生した米の価格高騰と供給不足の現象を指します。この騒動は、気候変動による異常気象、特に2023年の猛暑が米の生育に悪影響を及ぼし、収穫量や品質が低下したことが一因です。
また、長年にわたる減反政策の影響で米の生産量が抑制されていたことも、供給の不安定さを助長しました。さらに、コロナ禍からの需要回復やインバウンド観光客の増加が、米の消費を急増させ、需給バランスが崩れました。流通構造の変化も影響を及ぼし、農協経由の流通から直接取引が増加したことで、米の奪い合いが発生し、価格の上昇を招きました。
加えて、SNSを通じた情報の拡散が消費者の不安を煽り、買い占め行動を加速させました。政府は備蓄米の放出や増産計画を進めていますが、これらの対応は後手に回っており、需給の急変に迅速に対応できる体制の構築が求められています。
このように、令和の米騒動は単なる価格問題にとどまらず、日本の食料安全保障や農業の持続可能性に関わる重要な課題であり、今後は持続可能な農業構造の再構築や、消費者と生産者の信頼をつなぐ調整機能の強化が必要とされています。