2020年の年金制度改正法、正式には、「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」と言い、2020年5月に成立し、2022年4月から施行された年金制度改正に関する法律です。この法律改正により①厚生年金の加入者の拡大、②在職継続中の年金受給額の在職老齢年金制度の見直し、在職定時改定の導入、③在職老齢年金の支給停止額の引き上げ、④年金受給開始年齢の選択肢の拡大、⑤確定拠出年金への加入要件の見直し等が行われることとなりました。
そこで今回は、2020年に改正された「年金制度改正法」の概要と厚生労働省や財務省の狙い、また、国民にとってのメリット・デメリットについて少しお話をさせていただきます。
年金制度改正法の概要
2020年の年金制度改正法は、厚生労働省の見解では、「急速に進む高齢化や働き方の多様化に対応し、より柔軟で公平な年金制度を目指すための改正」とされています。まずは、その主な改正内容について見て行きましょう。
受給開始年齢の選択肢拡大
受給開始年齢の繰り下げ上限の拡大
老齢基礎年金や老齢厚生年金の受給開始年齢は、従来は60歳から70歳の間で選択可能でした。2020年の改正により、この上限が75歳まで引き上げられました。
繰り下げ受給
65歳以降の受給開始を遅らせることで、1カ月あたり0.7%(年8.4%)年金額が増加します。最大で75歳まで繰り下げると、年金額が84%増加します。これにより、健康で働き続ける高齢者にとって、より有利な選択肢が提供されるようになりました。
繰り上げ受給
60歳から65歳までの繰り上げ受給については、これまでと同様に1カ月あたり0.5%の減額(年6%)となります。
在職老齢年金の見直し
在職老齢年金の制度緩和
65歳以上の在職者が給与を得ている場合、従来は「在職老齢年金制度」により年金の一部または全部が減額されていました。今回の改正では、65歳以上の在職老齢年金の減額基準額が引き上げられ、労働意欲を高めるための仕組みが整えられました。
制度の変更点
65歳以上の在職者について、給与と年金額の合計が47万円を超えると年金の一部が減額される制度がありましたが、この基準額が47万円から「62万円」に引き上げられました。これにより、65歳以降も働き続ける高齢者が、より多くの年金を受給できるようになりました。
短時間労働者への厚生年金適用拡大
被用者保険の適用拡大
これまでは、正社員のみが厚生年金や健康保険の対象となっていましたが、改正によりパートタイム労働者や短時間労働者への適用が拡大されました。
対象拡大の条件
従来は従業員501人以上の企業で週20時間以上働く人が対象でしたが、2022年10月以降は従業員101人以上の企業、2024年10月以降は51人以上の企業に適用範囲が拡大されました。さらに、月額給与が8.8万円以上、勤務期間が1年以上見込まれることなど、細かい条件も見直され、より多くの短時間労働者が厚生年金に加入できるようになりました。
その他の改正点
確定拠出年金(iDeCo)の加入可能年齢拡大
これまで個人型確定拠出年金(iDeCo)は60歳までが加入年齢の上限でしたが、65歳まで拡大されました。これにより、老後資金の準備が柔軟にできるようになりました。
企業型確定拠出年金とiDeCoの併用
企業型確定拠出年金(企業年金)に加入している人でも、一定の条件を満たせばiDeCoに加入できるようになりました。これにより、年金資産のさらなる積み増しが可能となりました。
公的年金の受給資格期間の見直し
2020年の改正ではありませんが、関連する改正として、2017年に「公的年金の受給資格期間」が25年から10年に短縮されました。これにより、より多くの人が年金を受給できるようになっています。
改正の背景
日本では高齢化が進む中、高齢者の 就 労意欲が高まり、多様な働き方に対応した年金制度の整備が必要となっています。この法改正は、そうした社会の変化に対応し、老後の所得保障を強化するためのものです。
以上が、2020年の年金制度改正法の主な内容です。この改正により、年金受給に関する選択肢が広がり、働き方に応じた柔軟な年金制度の構築が進められました。
厚生労働省と財務省の狙い
2020年の年金制度改正における厚生労働省と財務省の狙いには、それぞれの立場から見た政策的な目的があります。これらの改正は、持続可能な年金制度を構築し、社会の変化に対応するためのものです。具体的な狙いを以下にまとめてみましたので、ご覧ください。
厚生労働省の狙い
厚生労働省の主な狙いは、社会保障制度を将来的にも破綻することなく継続していくためにも年金制度の持続可能性を確保するところにあります。特に、日本における今後の少子高齢化社会において、年金受給者と現役世代のバランスを整え、全ての世代に公平な年金制度を提供することに焦点を当てています。
高齢者の就労促進と労働力確保
受給開始年齢の選択肢拡大
高齢者の健康状態が改善し、働く意欲が高まっている中で、75歳までの繰り下げ受給の選択肢を設けることで、シニア層の就労を促進する狙いがあります。就労期間を延ばすことで、現役世代の労働力確保につながり、社会全体の活力を高めるとともに、個人の年金額も増やすことが可能になります。
在職老齢年金の見直し
高齢者が働きながら年金を受け取りやすくすることで、労働市場における高齢者の参加を促進し、社会における多様な働き方をサポートする狙いがあります。
短時間労働者への適用拡大
厚生年金の適用拡大
パートタイム労働者や短時間労働者に厚生年金を適用することで、将来的な年金受給額を増やし、老後の所得保障を強化することを目的としています。また、非正規雇用者に対する年金保障の拡充は、年金制度の公平性向上にもつながります。
年金制度の柔軟性と公平性の確保
受給開始年齢の多様化
個人の生活状況や健康状態に合わせた柔軟な年金受給の仕組みを作り、年金制度の利用者のニーズに応える狙いがあります。
老後の所得保障の強化
個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入年齢を拡大することで、老後の資産形成を促し、公的年金に加えた多様な所得源を提供することが目的です。
財務省の狙い
財務省の狙いは、社会保障費の増大による財政負担を抑制し、持続可能な財政運営を維持することにあります。日本では、高齢化の進展に伴い、年金給付費が膨らみ、国家予算における社会保障費の割合が増大しています。財務省は、この増大する負担を抑えるための改革を進めています。
年金財政の安定化
受給開始年齢の繰り下げ
繰り下げ受給の促進により、年金の支給開始を遅らせることで、年金財政に対する負担を軽減する狙いがあります。75歳まで受給開始を繰り下げる人が増えれば、年金支給総額を減らすことができ、財政面での安定につながります。
在職老齢年金の緩和
高齢者が働き続けることを促すことで、労働市場への参加を通じた税収増加や社会保険料収入の維持・拡大を図ることができます。
社会保障制度の持続可能性
短時間労働者への厚生年金適用
パートやアルバイトなどの短時間労働者を厚生年金に加入させることで、社会保険料の納付者を増やし、年金財政を支える基盤を拡大する狙いがあります。これにより、社会全体で年金制度を支える体制が強化されます。
社会保障費の増大抑制
所得に応じた負担増
年金改革と並行して、医療保険や介護保険などの分野でも、高所得者に対する負担の増加など、所得に応じた負担を求める改正が行われています。これらの施策は、財政負担を抑え、社会保障制度全体の持続可能性を確保するためのものです。
まとめ
厚生労働省は、働き方の多様化に対応し、高齢者の就労促進や短時間労働者への保障拡充を図りつつ、個人のニーズに合わせた柔軟で公平な年金制度を構築することを目指しています。
また、財務省は、年金財政の安定化と社会保障費の増大抑制に重点を置き、制度の持続可能性を確保するために、支給開始年齢の繰り下げや保険料負担者の拡大を図っています。
このように、厚生労働省と財務省はそれぞれの立場から、年金制度改革に取り組み、社会の変化に対応しつつ、持続可能な制度を維持することを目指しています。
国民にとってはのメリット・デメリット
2020年の年金制度改正法には、国民にとって当然、メリットとデメリットが存在します。それぞれの視点から、詳しく内容を確認したいと思います。
メリット
高齢者の就労促進と年金額増加
受給開始年齢の繰り下げ上限拡大
75歳まで年金の受給開始を繰り下げることで、繰り下げる1カ月ごとに年金額が0.7%増加します。最大で84%増加するため、健康で働く意欲のある高齢者にとって、より多くの年金を受け取ることができるメリットがあります。これにより、老後の生活資金を増やす選択肢が広がりました。
働きながら年金を受け取る機会の拡大
在職老齢年金の見直し
65歳以上の在職老齢年金の減額基準額が47万円から62万円に引き上げられました。これにより、働きながらより多くの年金を受給できるようになり、就労意欲のある高齢者の経済的なメリットが増えます。
短時間労働者の年金保障拡充
厚生年金の適用拡大
パートタイム労働者や短時間労働者への厚生年金適用が拡大されたことで、これらの労働者の将来の年金受給額が増加します。また、健康保険や年金保険の加入により、怪我や病気になった際の保障も手厚くなります。これにより、非正規雇用者の老後の生活安定に寄与します。
老後資産形成の拡充
確定拠出年金(iDeCo)の加入可能年齢拡大
個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入可能年齢が65歳に拡大されたことで、より長い期間にわたって老後の資産形成が可能になりました。これにより、老後の生活資金を自分で準備しやすくなりました。
年金受給の選択肢の多様化
ライフプランに合わせた年金受給
受給開始年齢の選択肢が拡大されたことで、個々のライフスタイルや健康状態に合わせて受給時期を調整できるようになりました。これにより、個人のニーズに応じた柔軟な年金設計が可能になります。
デメリット
保険料負担の増加
厚生年金の適用拡大
パートタイム労働者や短時間労働者が厚生年金に加入することで、労働者自身や企業の保険料負担が増加します。特に収入が低いパートタイム労働者にとっては、手取り収入の減少というデメリットがあります。また、企業側にも従業員の社会保険料負担が増えるため、雇用コストの上昇につながります。
受給開始年齢繰り下げのリスク
75歳までの繰り下げ受給
年金受給の繰り下げにより年金額が増加するメリットがありますが、その一方で繰り下げる期間中に万が一、受給者が亡くなった場合、年金を受け取れないリスクがあります。特に健康状態が不安定な人にとっては、繰り下げることでかえって不利になる可能性があります。
在職老齢年金の減額制度の継続
在職老齢年金の減額
65歳以上の在職者の年金減額基準が緩和されましたが、完全に廃止されたわけではありません。収入が多い高齢者にとっては、一定額を超えると年金が減額される制度が継続しているため、働き続けても年金を全額受け取れないデメリットが残ります。
年金制度の複雑化
選択肢の多様化による理解の難しさ
受給開始年齢の選択肢の拡大や在職老齢年金の基準の見直しなどにより、年金制度が複雑化しています。個々の状況に合わせた最適な受給のタイミングや手続きの判断が難しく、誤った選択をするリスクがあります。
保険料の負担感
社会保険料の増加
今後も高齢化が進む中で、年金制度の持続可能性を確保するために、将来的に現役世代の社会保険料の負担がさらに増える可能性があります。特に若い世代にとっては、老後の受給額が不透明な中での保険料負担増加への不安があります。
メリットとしては、高齢者の就労を促進し、年金額を増やす選択肢が広がること、短時間労働者の保障が拡充されること、そして老後資産形成の機会が増えることなどが挙げられます。
また、デメリットとしては、保険料の増加や、繰り下げ受給のリスク、制度の複雑化による理解の難しさ、現役世代の負担感などが指摘されます。
最後に
020年の年金制度改正法は、少子高齢化社会の進展に伴い、より多くの人がより長く多様な形で働く社会へと変化する中で、長期化する高齢期の経済基盤を充実させることを目的としています。具体的には、短時間労働者への被用者保険の適用拡大や、高齢者が自身の状況に合わせて年金受給の方法を選択できるよう、繰下げ制度の柔軟化など、多様な働き方に対応した年金制度への移行を目指していかなければ立ち行かなくなるという事実は、認識しておかなければならないのでしょう。